その女性は突然、現れた。
議会の控え室に、やや興奮気味に女性が飛び込んできた。
50代だろうか。髪の毛はボサボサで、夏なのに異様なほどの厚着をしている。私は部屋で一人、事務作業をしていた。
「何か、ご用ですか?」
彼女は慌てた感じで、手で大きくバツをつくり、ダメだダメだ、というジェスチャーをする。
「えっ????」
その意味をはかりかねたぼくは、困惑した。彼女は口の前に一本指をたてて「シィッー!」というジェスチャーをして、ぼくの席のところまで足早にやってきた。
なんだ?なんだ?
彼女はぼくの耳元に手をやり、あたりを伺いながらささやいた。
「わたし、盗聴されているの」
1時間ほど、話を聞いた。彼女が言ったことは、こんなことだったと思う。
「あることがきっかけで、日本政府?から嫌がらせを受けるようになった。行動は常に監視されており、家も盗聴されている。家では電磁波攻撃を受けており、夜眠ることもできない。なんとかしてほしい」
真剣な顔で、大量の汗をかきながらの言葉に、相槌をうちながら、ただ聞くことしかできなかった。当時、新人議員だったぼくには、どう対処したらよいかさっぱり分からなかったのだ。警察か弁護士を紹介しようとしたところ、「お前も仲間か!」と憤りながら帰っていってしまった。
どうすればよかったのだろう。困難な状況におかれていて、意を決して議会まで訪ねてきてくれた。しかし、何もすることができなかった。非常に悔いの残るものだった。
後でわかったことだが、「各会派の控え室に頻繁に来る常連の人」で「統合失調症ではないか」と議会事務局から教えられた。ぼくは、この一件から「統合失調症」に注目するようになり、その後、多くの患者さんと出会ってきた。
彼女が統合失調症だったのかどうかはわからない。ただ、統合失調症の代表的な症状が「幻覚」と「妄想」であり、厚生労働省のサイトでは以下のように解説されている。
統合失調症の幻覚や妄想には、2つの特徴があります。その特徴を知ると、幻覚や妄想に苦しむ気持ちが理解しやすくなります。
第1は、内容の特徴です。幻覚や妄想の主は他人で、その他人が自分に対して悪い働きかけをしてきます。つまり人間関係が主題となっています。その内容は、大切に考えていること、劣等感を抱いていることなど、本人の価値感や関心と関連していることが多いようです。このように幻覚や妄想の内容は、もともとは本人の気持ちや考えに由来するものです。
第2は、気分に及ぼす影響です。幻覚や妄想の多くは、患者さんにとっては真実のことと体験され、不安で恐ろしい気分を引き起こします。無視したり、ほうっておくことができず、いやおうなくその世界に引きずりこまれるように感じます。場合によっては、幻聴や妄想に従った行動に走ってしまう場合もあります。「本当の声ではない」「正しい考えではない」と説明されても、なかなか信じられません。
統合失調症について知りたい方は、厚生労働省の以下サイトをご覧ください。
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_into.html
発症した子供をもつ家族の壮絶な闘病記「息子が統合失調症になったとき」
http://www010.upp.so-net.ne.jp/hitomi07171953j/index6.htm
この100人に1人弱が発症する病は、発症のきっかけが明らかになっていません。
つまり、いつ誰が発症してもおかしくない病です。自分の家族が発症したら、どうするか。上記の闘病記にあるように、長期間にわたって壮絶な闘いを強いられることになる。早期に症状を発見して、早期の治療につなげることが重要であることは当然だ。同時に、多くの患者・家族が「同じ悩みをもつ仲間がいる」ことを知ることが救いになったという。
精神医療のさらなる発展が必要だが、「苦しんでいる人たちを孤立させない」という政治の役割を果たせるように力を尽くしたい。
ASKAが、自身が逮捕されるまでの経緯や近況をブログで発表した。
どのように薬物に依存していったのか、反社会的勢力と接点をもつきっかけなど、赤裸々な文章からは、当時の心境が伝わってくる。なかでも印象深かったのは「盗聴盗撮されている」という恐怖から必死に逃げようとするASKAの姿だ。
ASKAが意を決して発表した文章は、すぐに削除されたようだ。ASKAブランドのさらなる毀損を防ぐためでなく、困難な状況に寄り添い、前に進める環境をつくってあげてほしいと思う。苦悩の声は届くべきところに届いているのだろうか。