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2011/07/18

できることは全部やろう~僕たちの役割~

ブログ / 放射能と闘う

夜、空を見上げると星をたくさん見ることができる。仕事帰りに星いっぱいの空を見ると、大きな宇宙のなかのちっぽけな自分をあらためて認識し、小さな悩みなど忘れ明日も頑張れる気がする。

でも、昔からこんなにたくさんの星が見えたっけ?子供のころの記憶をたどってみると、東京の空を美しいと思ったことはたぶんなかったと思う。僕は工場の多い川沿いの街で育ってきた。煙突からはグレイの煙がもくもくとあがり、なにかを運搬する大きな車は黒煙を吐き出して、夏休みには光化学スモッグ注意報がBGMのように聞こえていた。

それが、今はどうだろう。この街は守られている。この街に住む人たちのカラダを守るために、多くの先人たちが努力をしてきた。石原さんは、大気の汚れの原因は車が排出する粒子状物質だとして、全国に先駆けてディーゼル車規制を実施した。そしてこの規制を守らせるために、毎日毎日多くの公務員が動員され多くの汗が流されてきた。ゴミ焼却場ではわずかな有害物質をも大気中に出さないために厳しく管理され、その煙は注意深く監視されてきた。「カラダがいちばん大事」を合言葉に、多くの税金が投入され、行政のあらゆる施策はこれを目標に実施されてきた。

3月11日に世界が変わった。
東日本大震災で1万5千人以上の方が亡くなった。そして福島第一原発事故によって放出された放射性物質は、遠く僕たちの街にまで飛来し、学校・公園・川や海を汚染し、飲み水や野菜などあらゆる食品に影響を与えている。毎日、聞こえてくるのは深刻な状況ばかり。小さな子供への影響を心配するお母さんは、住み慣れたこの街を離れ遠い見知らぬ土地で暮らすことを余儀なくされている。これまでみんなが一生懸命守ってきたこの街の安心が、一瞬にして消え去ってしまった。多くの先人たちの努力で獲得してきた「みんなの健康」はあっという間に不安定になってしまった。悔しい思いで一杯だし、さまざまなことに対して僕は申し訳ないと思う。僕たちは、この街を守る責任がある。あらゆる手段を使って美しい街を取り戻すんだ。みんなもそう思っていると考えていた。

しかしどうだろう。調査をすることもなく「安全」を繰り返し、あれだけ「粒子状物質」との闘いに執念を燃やしてきた都は「放射性物質」との闘いを放棄している。

下水汚泥処理場では、放射性物質が毎日のように燃やされて、その煙は何の監視もなされていない。食品は産地での検査で十分だとし、自ら検査を行おうとはしない。それでは不十分だと判っているのに。危険を訴えるものは「不安を煽るもの」として批判を浴びている。最悪の事態を想定することが大事だということを学んだばかりじゃないか。これまで美しい街をつくるのに費やしてきた、「みんなの健康」を守るために費やされてきたコストの十分の一、いや百分の一でも税金を投入すれば解決できることはたくさんあるというのに。なぜだろう。国が悪いと言い続けても何も解決はしない。そんなことは判っているはずだ。

できることは全部やろう。
誰かの責任を追及している余裕はない。
国がだらしない状況にあることはみんなが知っている。しかし、そのことを理由に自分でできることを何もしないようなことがあれば、それは無責任だ。みんなでやろう。これまでつくりあげてきたものを守るために。いまできることは、しなければならないことは、たくさんあるはずだ。それぞれができることを考えて精一杯やる。当たり前だけどそれしかない。僕たちがこの街を守らなければならない。みんなでつくりあげてきたこの素晴らしい街を次の世代に引き継いでいく、それが僕たちの役割だ。